悪魔 第一話 原作:太宰治
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※この物語はセリヌンティウスから見たお話です。「走れメロス」の物語の概要を知っている方にお勧め致します。
*第一話*
メロスは、友であるセリヌンティウスに一切を語った。三日のうちに村で妹の結婚式を挙げさせ、帰ってくること。そして、その人質としてセリヌンティウスを置いてゆくことを。よき友は無言でうなずき、メロスをひしと抱き締めた。
初夏、満天の星であった。
深夜、王城に召されたセリヌンティウスは、竹馬の友と相会うたあと、地下の牢獄に入れられた。黒々とした縄は彼の肌に喰いこみ、血が滴り落ちてゆく。それでもセリヌンティウスはなにも嫌がらず、ため息をつくそぶりもなく、ただ一心にメロスを待っていた。そしてそれから2日の時が流れ、彼がもの思いにふけっているとき、巡邏の警吏がつかつかと近づいてきた。闇がうごめく牢獄で、光のない目をした警吏が言い放つ。
「石工、セリヌンティウス。王様がお呼びだ。玉座へ行くがいい。無論、縄は解かぬがな。」
セリヌンティウスは「はい」と言ってうなずくと、静かに立ち上がった。
メロスの無二の友は玉座へ引き出された。暴君ディオニスは重々しい態度でセリヌンティウスに呼びかけた。
「人質よ。」何も言わず、目で報いるセリヌンティウス。王はかすかに憫笑しながら続ける。
「どうだ、気分は。2日の間、思ったことを正直に言うがよい。もっとも、おまえの心はあの男への不安と怒りで満ちているのだろうがな。」
セリヌンティウスは静かに、しかしはっきりと言った。
「メロスは来ます。」
暴君をしかと見つめるその目には、信実の光が宿り、一片の曇りすら見られない。その光を直に見た王の眉は上がり、眉間のしわが更に際立って見えた。
「ふん、人間は私欲の塊なのだ。あの男にとって大事なのはおまえではない。」
邪知暴虐の王、ディオニスはしわがれた声で低く笑った。
第一話 完