悪魔 第二話 原作:太宰治
初めての方↓
※この物語はセリヌンティウスから見たお話です。「走れメロス」の物語の概要を知っている方にお勧め致します。
*第二話*
「わしは欺かれたおまえをかなしい気持ちで磔刑に処さなければならぬ。さあ、命乞いでもなんでもやれ。全ては、あの男の罪だ。」
セリヌンティウスは顔色ひとつ変えず、王に報いた。
「王様は、メロスの心も私の心もお分かりでないようです。メロスは来ます。必ず帰ってくるのです。」
王は「はっ」と吐き捨て、冷たく嘲笑した。
「ぬかしているがよい。いまに、世の中の正直者とかいうやつに、見せつけてやるのだ。信実などない・・・とな。」
玉座に悪魔の高笑いが響き渡る。その時、セリヌンティウスは見た。悪魔のような王の反り返った喉の皮がべろりとめくれ、今にも真っ赤な内側がさらけ出されそうなのを。笑い声はそこから、どろりとした何かと一緒に溢れ出すようであった。
セリヌンティウスは目を閉じた。信実の光がまぶたで覆われても、その輝きは体の内側から漏れ出すようである。王は突然笑うのをやめ、一心に目を閉じる彼をキッと睨み付けた。そして即座に警吏に言い放つ。
「こやつにもう用はない。連れて行け! 暗い獄中で自分の運命を呪うがいい。」
警吏は短く「はっ」と返事をした。縄はなおもセリヌンティウスの腕に喰い込み血を滴らせるが、彼の心はほんの少しの波風も立たず、穏やかに大いなるものからの光を浴びていた。
悪魔がたたずんでいる。あの暴君ディオニスの悪魔のような笑みが可愛く思えるほどの「魔」であった。セリヌンティウスは悪魔の闇色の目をしかと見返しているが、その頬には止め処なく汗が伝い落ちている。
彼はメロスを思った。あの友も自分と同じ目に遭っているのだろうかと、幾度も頭によぎった。まさに、セリヌンティウスの考えは正しかった。メロスも丁度その時だったのである。
メロスは灼熱の太陽を受け、がくりと膝を折っているところであった。悔し泣きに泣き、人質の友を救えない己の魂を責めた。勇者に不似合いなふてくされた根性、すなわち「悪魔」が彼の心の隅にもたたずんでいたのだ。
第二話 完